お茶は、いつ、どのように日本に入り、どう飲まれ方が変わり、どこで作られ、どう売られてきたか。年表と、公的な統計の数字で見ます。
本ページの基準:Web上で公開されている情報から書きました。年表の各項目には、確認の程度(◎〇)を付けています。詳しくは末尾の「利用条件・免責事項」をご覧ください。
| 時代 | 飲み方 | 広がった層 |
|---|---|---|
| 平安 | 茶葉を煮出して飲む(煮茶法) | 寺院、貴族 |
| 鎌倉〜室町 | 粉にした茶を湯に溶かして飲む(点茶法=抹茶)。茶の湯へ | 武家、のち庶民(闘茶) |
| 江戸 | 茶葉に湯を注いで飲む(淹茶法=煎茶)。1738年の宇治製法で全国へ | 文人・知識人、のち庶民 |
| 明治 | 輸出品としての茶。国内では家庭にお茶が普及 | 家庭(女性にも茶道が広がる) |
| 昭和後期〜 | 缶入り(1985年)・ペットボトル入り(1990年)の緑茶飲料 | 誰でも・どこでも |
茶の飲み方の3段階(煮る→点てる→淹れる)は、京都府の年表の整理に基づきます。
| 年 | できごと | 確認 |
|---|---|---|
| 古代 (中国) | お茶の起源は中国とされ、時期や場所には諸説ある。 | 〇 |
| 平安初期 (8〜9世紀) | 遣唐使らが唐から茶を持ち帰ったとされる(最澄・空海・永忠の名を挙げる説明がある)。唐から、茶葉を煮出して飲む「煮茶法」が伝わり、寺院や貴族の社会に広まった。 | 〇 |
| 815年 (弘仁6) | 『日本後紀』に、大僧都の永忠が近江の梵釈寺で嵯峨天皇に茶を煎じて差し上げたとある。日本でお茶が登場する最古の記録とされる。 | ◎ |
| 1191年 (建久2) | 宋から、粉にした茶を湯に溶かして飲む「点茶法」が伝わった。武家社会に広まり、栂尾(京都)や宇治で茶の栽培が始まった。 | ◎ |
| 鎌倉時代 | 聖一国師が静岡市の足久保に茶の種をまいたことが、静岡の茶業の始まりとされる。 | 〇 |
| 1211年 (建暦元) | 栄西が『喫茶養生記』を著した。茶の効能や製法を説いた医書で、茶書としても重んじられる。栄西から贈られた茶の種を、明恵が高山寺にまいたともされる。 | ◎ |
| 1214年 (建保2) | 栄西が、酒毒に苦しむ将軍源実朝に、茶と『喫茶養生記』を献上したと伝わる。 | 〇 |
| 1343年 (南北朝) | 茶の産地を飲み当てる「闘茶(茶かぶき)」が盛んになった。喫茶が庶民にまで広がった。 | ◎ |
| 室町時代 | 宇治の茶は、栂尾茶とともに天皇や将軍が愛飲するトップブランドになった。足利将軍の庇護を受ける「宇治七名園」ができ、「無上」「別儀」という初期のブランド茶も生まれた。日本特有の抹茶につながる「覆下茶園」(茶園に覆いをかけて栽培する方法)も、宇治に現れた。 | ◎ |
| 1486年 (文明18) | 武士の間で茶の湯が流行した。このころ、わび茶の土台ができたとされる。 | ◎ |
| 1577年 (天正5) | 宣教師ロドリゲスが『日本教会史』(京都府の年表の表記は「茶の文化史」)で、宇治に覆下茶園があると記した。 | ◎ |
| 1584〜87年 (天正12〜15) | 1584年に豊臣秀吉が宇治郷に朱印状を出して特権を認めた。1587年には京都北野で大茶会を催した。千利休によって茶の湯の作法が完成したとされ、茶の湯が各階層に広がった。 | ◎ |
| 1632年 (寛永9) | お茶壺道中が制度化された。以後、約250年、幕末まで続いた。 | ◎ |
| 1654年 (承応3) | 明から、茶葉に湯を注いでエキスを出す「淹茶法」が伝わった。隠元禅師が伝えた釜炒りの煎じ茶が、のちの煎茶の製法のヒントになったとする説明がある。 | ◎ |
| 1735年 (享保20) | 売茶翁が、京の東山に通仙亭という茶店を開いた。文人・知識人の間に煎茶の趣味が流行するきっかけになった。 | ◎ |
| 1738年 (元文3) | 宇治田原の永谷宗円が、蒸した茶葉を揉みながら熱を加えて乾かす製法(宇治製法・青製煎茶製法)を編み出した。現在の煎茶の基礎で、江戸で煎茶が大流行し、庶民に広まった。 | ◎ |
| 1835年 (天保6) | 宇治で玉露がつくられた。覆下栽培が南山城地域を中心に広がった。発明者や年には諸説があり、1834年ごろとする資料もある。 | ◎ |
| 1859年 (安政6) | 横浜が開港し、日本茶の輸出が始まった。茶は生糸に次ぐ主要な輸出品になり、主にアメリカへ輸出された。 | ◎ |
| 1869〜73年 (明治2〜6) | 旧幕臣らが牧之原台地(静岡県)の開墾に着手した(明治2年7月)。約1,400haとされる広さで、1873年(明治6)に中條景昭が初めての茶摘みをした。入植者数や面積は資料により違う。 | ◎ |
| 明治期 | 茶の輸出量は年2万トンを超え、生糸と並ぶ主要輸出品だった。国内では、女子教育の一環として茶道が取り入れられ、通信販売などにより家庭にお茶が普及した。 | ◎ |
| 1898〜1913年 (明治31〜大正2) | 全国の製茶輸出総額は、1898年の約821万円から1912年の約1,346万円に増え、翌1913年は約1,008万円に下がった。インド・アッサム産の紅茶の伸びや、粗製茶の問題が背景にあるとされる。 | 〇 |
| 1898年ごろ〜 (明治〜大正) | 茶の生産の機械化が進んだ。 | 〇 |
| 1953年 | 緑茶の輸出量は約1.2万トンだった。その後減り、1991年には253トンまで落ち込んだ。 | ◎ |
| 1981年 (昭和56) | 伊藤園が「缶入りウーロン茶」を全国で販売開始した。 | ◎ |
| 1985年 (昭和60) | 伊藤園が、世界初の緑茶飲料「缶入り煎茶」を発売した。1989年に「お〜いお茶」に名前を変えた。 | ◎ |
| 1990年 (平成2) | 世界初のペットボトル入り緑茶飲料(1.5リットル)が発売された。1996年には500mlが発売された。 | ◎ |
| 令和6〜7年 (2024〜25) | 荒茶の生産量で、鹿児島県が統計開始以来初めて日本一になった。令和7年の緑茶の輸出額は721億円で、過去最高になった。 | ◎ |
農林水産省「茶をめぐる情勢」(令和8年7月)の数字です。生産割合・荒茶価格は令和7年産(全茶期)で、全国茶生産団体連合会の調べです。荒茶は、産地で生葉を加工した、大きさが不揃いで茎も混じる状態のお茶です。
| 種類 | 荒茶の 生産割合 | 荒茶価格 (円/kg) | 特徴 |
|---|---|---|---|
| せん茶 | 48.1% | 1,746 | 新芽を蒸して揉み、乾燥させる。最も一般に飲まれるお茶。 |
| 玉露 | 1.0% | 3,699 | 収穫前の約20日間、藁や寒冷紗で覆って栽培する。 |
| かぶせ茶 | 2.0% | 2,387 | 収穫前の約7日間、覆って栽培する。 |
| てん茶(抹茶の原料) | 8.6% | 8,562 | 茶園を2〜3週間覆って栽培し、蒸した葉を揉まずに乾燥させる。茶臼などで粉にしたものが抹茶。 |
| 玉緑茶 | 2.0% | 2,094 | せん茶に似るが、形を整える工程がなく、丸みのある形になる。 |
てん茶(抹茶の原料)の荒茶価格は、せん茶の約4.9倍です。荒茶段階での産業規模は763億円(生産農業所得統計)とされています。
| 府県 | 栽培面積 (ha) | 荒茶生産量 (t) | 特色 |
|---|---|---|---|
| 静岡 | 11,600 | 24,100 | せん茶(深蒸し)が中心 |
| 鹿児島 | 8,040 | 30,000 | てん茶の生産が全国1位 |
| 三重 | 2,580 | 4,860 | 玉露・かぶせ茶が全国1位 |
| 京都 | 1,510 | 2,280 | 玉露・てん茶が全国2位 |
| 福岡 | 1,450 | 1,850 | 玉露が全国3位 |
| 宮崎 | 1,110 | 2,880 | 釜炒り茶が全国1位 |
| 熊本 | 908 | 1,140 | 玉緑茶が全国3位 |
栽培面積の順では静岡県、鹿児島県、三重県の上位3県で全国の約7割を占めます。荒茶の生産量では、令和6年産・7年産で鹿児島県が統計開始以来初めて日本一になりました。
| 年産 | 一番茶 | 二番茶 | 三番茶 | 四番茶・ 秋冬番茶 |
|---|---|---|---|---|
| 平成20 | 40,682 | 28,210 | 7,334 | 18,475 |
| 25 | 30,956 | 25,993 | 6,212 | 19,388 |
| 令和元 | 29,786 | 20,869 | 5,862 | 22,851 |
| 5 | 27,388 | 20,121 | 5,450 | 21,634 |
| 6 | 28,708 | 17,807 | 5,218 | 21,518 |
| 7 | 25,213 | 19,901 | 5,511 | 22,614 |
平成20年産から令和7年産で、一番茶は40,682tから25,213tへ約4割減りました。一方、四番茶・秋冬番茶は18,475tから22,614tへ増えました。主にリーフ茶(茶葉で飲むお茶)向けの一番茶が減り、ドリンクなどに使う安価なお茶が増えています。全国の荒茶生産量は7万トン台で推移し、栽培面積は緩やかに減っています。てん茶の生産量は、令和7年が平成26年の約3.2倍です。
| 年 | 経営体数 |
|---|---|
| 平成12 | 53,687 |
| 17 | 37,617 |
| 22 | 28,116 |
| 27 | 19,603 |
| 令和2 | 12,325 |
平成12年の53,687から、令和2年の12,325へ、約4分の1になりました(農林業センサス)。注意:平成27年までは販売農家の数、令和2年は個人経営体の数で、定義が違います。比べるときはおおまかな傾向として見てください。
緑茶(茶飲料を含まない)の1世帯あたり年間購入数量は、近年減少傾向で、令和6年は前年より5g減って671gでした(農林水産省「食料・農業・農村白書」)。
お茶の値段と、食生活全体の移り変わりは、日本人の食生活の歴史と貨幣価値換算表もご覧ください。