何を主食にし、何からたんぱく質をとり、どう味をつけ、どこで食べてきたか。年表と、戦後の公式統計の数字で見ます。
本ページの基準:Web上で公開されている情報から書きました。年表の各項目には、確認の程度(◎〇△)を付けています。詳しくは末尾の「利用条件・免責事項」をご覧ください。
| 時代 | 主食 | たんぱく源 | 味つけ・調理・保存 | 食べる場・流通 |
|---|---|---|---|---|
| 縄文 | 堅果類(クリ・クルミ・トチなど)、イモ類 | 魚介、獣肉 | 土器で煮炊き。堅果類は貯蔵穴に保存 | 自給が中心 |
| 弥生〜奈良 | 稲作の開始(米と雑穀) | 675年に牛馬犬猿鶏の禁令。鹿・猪は対象外 | — | — |
| 江戸 | 米、サツマイモの普及(享保期) | — | — | 1日3食が定着(元禄期ごろ以降)。屋台・外食が広がる |
| 明治 | — | 1872年ごろ肉食の解禁。牛鍋 | — | — |
| 戦中 | 米の配給制(1941〜)。食糧管理法(1942) | — | — | 配給通帳 |
| 戦後 | パン・米飯給食(1947〜) | 肉・乳製品の消費が増える(統計参照) | 即席めん(1958〜) | ファミレス(1970)・ハンバーガー(1971)・コンビニ(1974) |
| 現代 | 米の消費は半減(統計参照) | 魚介は平成7年度をピークに減少 | — | 2013年「和食」が無形文化遺産に登録 |
| 年 | できごと | 確認 |
|---|---|---|
| 縄文 (紀元前14,000年ごろ〜) | 土器が現れ、煮炊きができるようになった。紀元前14,000年ごろから縄文時代が始まるとする資料がある(年代は資料により異なる)。 | 〇 |
| 縄文 | 堅果類(クリ・クルミ・トチ、カシ・シイなど)を保存する貯蔵穴があった。東日本の乾燥地と西日本の低湿地で、貯蔵穴のつくり方が違い、利用した堅果類の種類と関係するという研究がある。 | 〇 |
| 縄文 | 各地に貝塚が残り、貝殻や魚の骨から魚介類を食べていたことが分かる。種類は地域で違い、加曽利貝塚(千葉県)ではハマグリとイボキサゴが主体、東京湾沿岸の貝塚の魚骨はクロダイ・スズキが主体とされる。 | 〇 |
| 紀元前10世紀末〜 紀元前5世紀頃 | 九州北部で水田稲作が始まる。国立歴史民俗博物館のチームは炭素14年代測定で「紀元前10世紀末ごろ」とし、従来の通説は「紀元前5世紀ごろ」だった。測定年代の較正には課題が残るとされ、現在も議論がある。 | 〇 |
| 675年 (天武4) | 日本書紀によれば、天武天皇が牛・馬・犬・猿・鶏の肉を食べることを禁じ、それ以外は禁令の対象外とした。鹿・猪は対象に入っていない。藤原宮跡・平城宮跡からは、猪や鹿の肉が納められたことを示す木簡や骨が出ている。禁令は肉食全般を禁じたものではない。 | 〇 |
| 江戸中期 (元禄期ごろ) | 1日2食から3食になったといわれる。農林水産省の食育サイトも「江戸時代の中ごろから」としている。理由は、菜種油の行灯で夜の活動が延びたという説、明暦の大火(1657年)の復興で働く職人に昼食を出したという説など、諸説あり、定説はない。 | 〇 |
| 1732〜1735年 (享保17〜20) | 享保の飢饉(1732年)のあと、青木昆陽が1735年にサツマイモの栽培を勧める「蕃薯考」を著した。サツマイモは、琉球から薩摩に伝わっていたものを広めた。 | 〇 |
| 江戸後期 | 寿司・天ぷら・蕎麦などが屋台で手軽に食べる料理として庶民に広まった。握り寿司の考案は文政年間(1818〜30年)の初めごろとされるが、考案者や年には諸説ある。 | 〇 |
| 1872年 (明治5) | 1月24日に明治天皇が牛肉を召し上がったとする資料が多い(肉食の解禁令を明治4年12月とする論考もあり、年・日付は資料により違う)。「牛鍋喰わぬは開化せぬ奴」と言われるほど牛鍋が流行し、牛肉食が広まった。 | 〇 |
| 1918年 (大正7) | 米騒動が起きる。シベリア出兵を見越した米の買い占めなどで米価が急騰し、富山県から全国に広がった。始まりの日付は資料により7月下旬〜8月初めと違う。 | ◎ |
| 1941年 (昭和16) | 米の配給通帳制が、東京・横浜・京都・大阪・神戸・名古屋の六大都市で4月に始まった。通帳に記された職業・年齢・家族構成で配給量が決まった。 | ◎ |
| 1942年 (昭和17) | 食糧管理法(昭和17年法律第40号)が2月21日に公布され、7月1日に施行された。以後、約半世紀にわたり食糧政策の根幹になった。1995年に廃止され、主要食糧法に代わった。 | ◎ |
| 1946〜47年 (昭和21〜22) | 1946年12月24日に東京・神奈川・千葉で試験給食、1947年1月に全国の都市の児童約300万人を対象に学校給食が再開された。 | 〇 |
| 1954年 (昭和29) | 6月に学校給食法が制定され、学校給食の目標や経費の負担が法律に明記された。 | ◎ |
| 1958年 (昭和33) | 日清食品が8月25日に、即席袋めん「チキンラーメン」を発売した。 | ◎ |
| 1962年度 (昭和37) | 国民1人あたりの米の消費量がピーク(118.3kg)になり、以後は減少傾向が続く。 | 〇 |
| 1970年 (昭和45) | 7月、すかいらーくが国立店(所在地は府中市)を開業した。ファミリーレストランの1号店。 | ◎ |
| 1971年 (昭和46) | 7月20日、日本マクドナルドが銀座三越1階に日本1号店を開店した。9月に日清食品が「カップヌードル」を発売した。 | ◎ |
| 1974年 (昭和49) | 5月、セブン‐イレブンの国内1号店が江東区豊洲に開店した。 | ◎ |
| 1976年 (昭和51) | 学校給食法施行規則などを改める省令が公布され、米飯が学校給食の制度に明確に位置づけられた(同年の実施率は36.2%、週0.6回)。 | ◎ |
| 2005年 (平成17) | 食育基本法(平成17年法律第63号)が6月17日に公布され、7月15日に施行された。 | ◎ |
| 2013年 (平成25) | 12月4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されることが決定した。 | ◎ |
農林水産省「食料需給表」の数字です。「国民1人・1年当たり供給純食料」は、市場に出回った量から食べられない部分を除いた量です。実際に食べた量(摂取量)ではなく、食べ残しや廃棄を含みます。
| 年度 | 米 | 小麦 | 肉類 | 魚介類 | 牛乳・乳製品 | 油脂類 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 昭和40 (1965) | 111.7 | 29.0 | 9.2 | 28.1 | 37.5 | 6.3 |
| 50 (1975) | 88.0 | 31.5 | 17.9 | 34.9 | 53.6 | 10.9 |
| 60 (1985) | 74.6 | 31.7 | 22.9 | 35.3 | 70.6 | 14.0 |
| 平成7 (1995) | 67.8 | 32.8 | 28.5 | 39.3 | 91.2 | 14.6 |
| 17 (2005) | 61.4 | 31.7 | 28.5 | 34.6 | 91.8 | 14.6 |
| 27 (2015) | 54.6 | 32.8 | 30.7 | 25.7 | 91.1 | 14.2 |
| 令和4 (2022) | 50.9 | 31.6 | 34.0 | 21.5 | 93.9 | 13.2 |
| 5 (2023) | 50.3 | 31.0 | 33.9 | 21.7 | 90.1 | 12.8 |
| 6 (2024) | 53.3 | 32.3 | 34.3 | 21.2 | 90.7 | 12.8 |
| 7概算 (2025) | 52.0 | 32.8 | 34.5 | 19.4 | 88.2 | 12.9 |
読み取れること(昭和40年度→令和6年度): 米は111.7kg→53.3kgで約半分。肉類は9.2kg→34.3kgで約3.7倍。油脂類は6.3kg→12.8kgで約2倍。魚介類は平成7年度の39.3kgをピークに、21.2kgまで減りました。小麦はほぼ一定(29〜33kg)です。
| 年度 | カロリーベース | 生産額ベース | |
|---|---|---|---|
| 昭和40 (1965) | 73 | 86 | |
| 50 (1975) | 54 | 83 | |
| 60 (1985) | 53 | 82 | |
| 平成7 (1995) | 43 | 74 | |
| 17 (2005) | 40 | 70 | |
| 27 (2015) | 39 | 66 | |
| 令和4 (2022) | 38 | 58 | |
| 5 (2023) | 38 | 61 | |
| 6 (2024) | 38 | 64 | |
| 7概算 (2025) | 37 | 66 |
カロリーベースの自給率は、昭和40年度の73%から、令和6年度の38%まで下がりました。生産額ベースは86%から64%になっています。
| 年度 | 熱量 (kcal) | たんぱく質 | 脂質 | 炭水化物 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 昭和40 (1965) | 2,459 | 12.2 | 16.2 | 71.6 | |
| 50 (1975) | 2,518 | 12.7 | 22.8 | 64.5 | |
| 60 (1985) | 2,596 | 12.7 | 26.1 | 61.2 | |
| 平成7 (1995) | 2,654 | 13.3 | 28.0 | 58.7 | |
| 17 (2005) | 2,573 | 13.1 | 28.9 | 58.0 | |
| 27 (2015) | 2,416 | 12.9 | 29.5 | 57.6 | |
| 令和2 (2020) | 2,270 | 13.8 | 32.5 | 53.8 | |
| 4 (2022) | 2,252 | 13.7 | 31.4 | 54.9 | |
| 6 (2024) | 2,248 | 13.7 | 30.9 | 55.4 | |
| 7概算 (2025) | 2,237 | 13.6 | 31.1 | 55.3 |
脂質の割合(脂質エネルギー比)は、昭和40年度の16.2%から、令和6年度の30.9%と、約2倍になりました。炭水化物は71.6%から55.4%に下がっています。
注意:令和元年度から、熱量の計算に使う「日本食品標準成分表」が改訂されました(2020年版・八訂)。令和2年度以降の数字は、それ以前と単純には比べられません。参考に、令和元年度を旧基準で計算すると、熱量は2,431.0kcal、脂質比は30.3%です。
また、これは「供給」熱量で、人が実際に摂取した熱量ではありません。
米の消費量が半分になるあいだ、米の値段はどう動いたか。貨幣価値換算表の「米(10kg)」の数値です(単位:円)。
| 年 | 米10kg |
|---|---|
| 1960 | 987 |
| 1970 | 1,860 |
| 1980 | 4,142 |
| 1990 | 4,933 |
| 2000 | 4,934 |
| 2010 | 4,272 |
| 2020 | 4,492 |
1960年の987円から1990年の4,933円まで約5倍になったあと、1990年から2020年までは、4,000円台でほぼ横ばいでした(1990年4,933円、2020年4,492円)。この間、1人あたりの消費量は減り続けました(昭和60年度74.6kg→令和4年度50.9kg)。
銘柄・調査方法の違いがあるため、細かな増減ではなく、おおまかな傾向として見てください。他の指標(ビール、運賃、給与、カレー、コーヒーなど)での換算は、貨幣価値換算表をご覧ください。